
郡上八幡のビジホで朝を迎える。いや〜、やっぱふかふかのベッドは快眠出来ますなぁ。朝6時前にはチェックアウト。キーンと冷え込む中、バンバンを一路、北へ走らせる。ツーリングで泊まった次の日の、走り出した直後辺りが好きだ。さぁ今日も走ったるでぇ〜!ってな。うきうき気分で走ってると前からBAJAがやってきた!こんな朝っぱらからあんたも好きやねぇ〜と本日一発目のピースv(^^)vも、思いっきりスル〜、、、おいおいテンション下げさすなや(笑。まずは白川卿に行く前にひるがの高原があったんで寄ってみる。r316,r321と牧歌的な牧場に囲まれた中を走るのは最高でした。
<なんか羊っぽいもの>
<高原ロード>
さて、そろそろ高原も終わりかの〜?と思い始めた頃、道脇にだだっ広い草原があってね。うほっ!このど真ん中で写真撮ったらいい絵が撮れそうだワン!と思って進入。草原のようなものの中に入ってバンバンから降りようとしたら足元がなんか変なんです。グニュって。。。へ!?糞やん!!なんの糞か判らないけど。遠目に見ると草原っぽくみえたんやけど。。。大急ぎで脱出。が、時すでに遅し。足回りは糞だらけ。靴までべっとり。つーか、立ち止まっていると匂いがきついので、急いで川原を探す。少し進むと川原があったので、そこでとりあえずブーツを洗う。あとは車体やな。。。大日岳って道の駅に行って、薮みたいなとこにバンバンを持っていき、とりあえずこびりついている糞を息を止めながら割り箸で落とす(苦笑。はぁ。。。数十分前までは気持ちよく走ってたのに何やってんやろ俺(笑。また間が悪い時に作業中の目の前にファミリーの車が駐車してきてね。いやぁ〜!近くに来ないで!!車から降りてきた子供が「あれ?なんかウンこの匂いがする?」とかお父さんに言ってるんです。。。もうね、旅の恥は掻き捨てですよ、ええ。大体、落とせてあとはガソスタで洗車すっかぁ〜と出発。これで一時間くらい時間ロス。。。実家じゃ、牛飼ってて俺もよく世話してたからそれなりに免疫はあるんやけど、年月がたつと耐えられなくなんのかなぁ。。。
<近くのガソスタで洗車完了>
そんなこんなでR156を北上してると御母衣湖が見えてきた。
この御母衣ダムは日本最大のロックフィルダムだそうで。ちなみにロッフィルダムっていうのは木と石だけで出来たダムの事。普通はコンクリートなんかで塞き止めてあるやん?写真じゃ伝わりつらいけど、まじかで見ると凄い迫力でしたよ。全米が感動した!って感じ(笑。ここで写真撮ってると、おっちゃんが写真とってくれと言ってきたのでパシャリと撮る。それをみていた他の観光客のオバちゃんたちも「兄ちゃん、私らもお願い」と便乗。全くモテ男はつらいのぅ?と次々にダムをバックに熟女達を激写しまくる(爆。
<御母衣湖>
<御母衣ダム>
<御母衣ダムの裏側>
R156白川街道を快走していよいよ世界遺産「白川卿」に到着!ここは昔ながらの合掌作りの藁葺き屋根の民家が点在する山間の秘境ムード満点の村。観光客が多すぎたせいもあって観光はしなかった。まぁ茅葺の民家なんかはホームコースの周山周辺で見慣れてるから特にどうってこともないしね。村の中を低速でゆっくり一回りしたらすぐさま次の場所へ立ち去る。それが観光地におけるバイク乗りの心意気ってもんだと思う。。。まぁ本音をいうと観光客多いところはソロだと寂しいんだワン(笑。
<白川卿で其の壱>
<白川卿でその弐>
<白川卿その参>
<白川卿でその四>
白川卿を去りR360で高山方面へ。このR360がまた曲者でね〜。険しい山道ですわ。中腹までいくと熊出没注意!とか看板がでてんの。おまけに最近ここらで小熊を見たから云々って看板まででててね。もうガクブルもんですよ。
くそう、赤カブとの野郎!もうこの辺一体にも勢力を広げてきやがったか!?と流れ星☆銀の世界に浸りながら山を登る登る。
また、標高を上げていくと北の方にアルプスの山並みが見えて大変ようございました。
<熊看板>
<途中にあった高滝>
<まだ雪の残る山とか>
ところどころにどでかい岩石があり、注意しながら進むと!げっ!雪崩れやん!
<雪で道が。。。>
右側はかなり高い。左側は多少低いけど、左に倒れたらそのまま転落。かといって真ん中も。。。手でどかせるかな?と持ち上げようとしても完全に凍っててピクリとも動かない。雪じゃなくて氷みたいやからグリップしなくてとてもじゃないかがバンバンじゃ無理だった。ひぇ〜ここまで登ってきてUターンかよ。。。もう一度来た道を引き返す。大幅にルート変更やな〜。降りて来たら道端でXR250に乗った旅道具満載のお兄さんが。こっちを見ると手で止まっての合図。この先通れます?と聞いてきたので、先ほどの状況を説明し、写真も見せる。多分、XRでも無理ですよ〜。というと残念そうにしてた。この飛騨周辺をぐるっと回ってるようで。良い旅を、と別れを告げて再び白川街道を南下し、R158へ移って高山を目指す。
糞と雪のせいでかなりの時間ロス。高山市内は渋滞が凄いらしいから早い時間帯に通りたかったんやけどな〜。
市内に入ると予想どうりの大渋滞。まぁ俺は得意のすい抜けでなんなく高山市内を突破。小京都と呼ばれる雰囲気のある町並みを低速でキョロキョロしながら通り過ぎる。ここも観光せず。帰りも通るからその時にまた見れるしね。R361、通称「木曽街道」を東へ。この辺りで丁度12時。飯にしよ〜と名前忘れたけど食事。味付けはちょっと甘辛い感じで、メチャ美味しかったですよ。
<飛騨牛のほうば味噌焼き>
R361からr39野麦峠に入る。さぁ乗鞍まであとちょっとだ。ここ野麦峠もそうとうにえらい道で下ったり登ったりで大変だった。頂上の野麦峠に到着。野麦峠といえば「あゝ野麦峠」が有名ですね。資料から一部引用させて頂きました。
野麦峠は飛騨と信濃を結ぶ古くからの峠道である。明治のころ、何千、何万人ともいわれる製糸工女たちがこの峠を越えた。クマザサが生い茂った細い山道には、地蔵堂だけがいまもひっそり立っている。
山本茂実の『あゝ野麦峠』は、この峠を越えた飛騨の糸引きたちの証言をもとに、明治の時代を写した「記録文学」である。野麦峠がにぎわったころ、日本は生糸を輸出、その外貨を軍艦に代えて富国強兵策を進めていた。それを支えたのがまだ幼顔の娘さんたちだった。口減らしのために出稼ぎに行く心細さ、過酷な労働と折檻に耐える工女たちの悲しみが心をうつ。
初めて糸引きに出る子は「シンコ」と呼ばれた。小学校四年を終えたばかりの十一、二歳。雪が残る二月、赤い腰巻きにワラジばき、背中に風呂敷包みをせおって、製糸工場のある長野県の岡谷に向かった。乗鞍を望む北斜面の峠道は、堅い氷が刃をむく。飛騨に戻る十二月は四、五bもの雪で埋まる。吹雪の中をひもで体をつなぎ、念仏をとなえながら一列で歩く。雪と氷の峠を越える百数十`、文字通りの命がけの道程だった。
標高1627bの北アルプスの峠は、いまも冬場は深い雪に沈む。おばあさんの実家が工女宿だった野麦区長の奥原音蔵さん(67)はいう。「想像以上に大変だったんだね。どの子の足も皮膚が破れて血がにじんでいた、そんな姿を見るのがつらくって、とばあさんがよく話していた。それに、地蔵さんの近くの谷に滑り落ちて死んだ娘さんも何人もいたんだって。ひどい時代だったんだ」
野麦峠を越えた工女たちが働く場も過酷なものだった。親と会社の間で交わされた証文をたてに一日十六時間も働くことを強いられ、病死、自殺に追いやられた工女も少なくなかった。八ケ岳に初雪を見るころになると娘たちは元気になる。暮れの帰る日が近づいてきたからだ。
明治四十二年十一月二十日、野麦峠の頂上でひとりの工女が息を引きとった。飛騨・角川出身の政井みね、二十二歳。「ミネビョウキスグヒキトレ」の電報でかけつけた兄が担ぐ背板に乗せられ、工場の裏門から出た。病名は腹膜炎で重体。幾日も兄の背にうずくまって峠の茶屋にたどりついた。「アー飛騨が見える、飛騨が見える」とつぶやくように言ったきり、その場に力なく崩れた。「百円工女」といわれた模範工女の最期だった。
峠の道は、県道が開通してハイカーが歩く歴史の道になった。頂上の「野麦峠の館」から、峠道を歩くと地蔵菩薩に出会う。ここを通った工女たちが、何度も手を合わせたお地蔵さんだ。かたわらの笹原からは飛騨の山々が重なってみえる。山峡に光る屋根は野麦の集落だ。お地蔵さんは、ふるさと飛騨との別れと再会の場でもあったのだろう。
そんな歴史のある道を今、バイクで走れるなんていい時代になったんやなぁとしみじみ思う。展望台からはとうとう乗鞍岳が見えましたよ。
<乗鞍岳きたー!>
野麦峠を過ぎてr26からいよいよ上高地乗鞍林道に入る。ここは有料道路。
<乗鞍林道の中腹で>
<乗鞍岳の中腹でその2>
ちゅーかあれやね。写真じゃ全然え?乗鞍ってこんなもん?って感じよね(笑。時間帯が日が差してて撮りにくくてね、あともうちょっと時期は後の方が良かったかもしれないね。まだ山が緑付いてないもんなぁ。雄大な景色を堪能しながら乗鞍林道を渡りきって安房峠トンネルを抜ける。時間がすでに5時を回っていたので、今夜の宿はここの平湯野営場にすることに。フリーサイトでなるべく閑静なところにバンバンをもって行き、そそくさと設営開始。
<設営完了♪>
設営後は今夜の夕食を買出しに近くの商店に。ついでに平湯のバスターミナル上にあった露天風呂で疲れを癒す。バスターミナルの上に温泉ってかなり珍しいよね。温泉から上がってテントの中でのんびり。辺りには結構な数のテントが張ってあったが、なにぶんサイトが糞広いので狭さとかは全く感じない。料金も¥900と安いしここはお勧めです。
バイクも数台きてたけど、アメリカンとかBMWとかあとはオフロードくらい。何気にジェベルが多かったね。あっ、あとTWも2台見かけました。結構一人でキャンプに来てるやつもいるんやなぁと妙な仲間意識も(笑。
<平湯野営場>
<辺りの様子>
さて、日も暮れてきたし飯にすっべか!と夕飯を作る。今夜のご飯はカレーとウィンナ。俺はめんどくさがりだから飯とかは炊いたりはしない。あっためるだけ。カレーもレトルトで十分。まぁこれだけでもそれなりにキャンプ気分は味わえるのよ。
<夕飯>
<作ってます>
<出来たよ♪>
どう?結構おいしそうだよね。で、一口パックンチョ。。。。あかん。飯が半生やん!!で、数分後、こんなんなっちゃいました。
<コンプリートカスタム後(爆>
まぁもう一回全部鍋でぐちゃぐちゃにしながら混ぜて焼いてそのなかにウィンナーを千切っては入れて炒めたもの。カレー風味の焼き飯ってとこかね。味はその。。。とりあえず、俺の人生において不味かった物BEST10には食い込んでくるというかなんというか(爆。ビールのあてにかっておいたセンベイをこりゃうめぇとかじりながら夜は更けていった。
夜はかなり冷え込んでて3度位まで落ちてた。河童を着込んで凌ぎながら朝を迎える。さぁ帰ろうかぁ、時間はまだ5時。顔を洗ってさっぱりして、テントを畳む。まだほとんどの人が寝ている。朝はどんべえでも食うかとお湯を沸かしながらのんびりする。
<朝食作り中>
飯食ってのんびり撤収作業。6時過ぎ、乗鞍を去る。途中でマイカー規制された乗鞍スカイラインのゲートが。
あ〜、バイクで一度走ってみたかったな。
<乗鞍スカイラインへ>
<早朝の乗鞍>
帰りはR158で高山に出る。
<高山で>
R158からr73通称「せせらぎ街道」で一気に南下。この道はかなり気持ちよかった。
<せせらぎ街道沿いで休憩中>
郡上八幡まで出てR256にチェンジ。一気に岐阜市内へ。
そこからR303で琵琶湖までいき、R161からR367で鯖街道へ。ここまできたら大阪までもうすぐだ。
時間は丁度お昼ごろ。コンビニでサンドイッチを買って気持ちの良さそうな原っぱでしばし寝っころがる。
<ブトアシ睡眠中>
あとは鯖街道からr110、r38と繋いでR162まで出てそのまま自宅まで。
三日間で大体1200KM位。
そろそろ歴戦の勇者の風格が出てきたような、そんな逞しささえ感じるようになってきたね、バンバン。
本当にお疲れ様。
━━━━━━━ To Be Continued・・・ ━━━━━━━━━